向き合う、寄り添う、叶える 今までにない技術、いままでにない挑戦

今までにない技術、いままでにない挑戦

現場の声に応え、走り抜けた
流機エンジニアリングの軌跡。

ご挨拶

株式会社流機エンジニアリングは、
おかげさまで創業50周年を迎えることが出来ました。

これもひとえにステークホルダーの皆様や地域の皆様の
ご支援とご愛顧の賜物と深く感謝申し上げます。

今後も、50年にわたり培ってきた技術と経験を基盤に、
独創的なアイデアでお客様の多様なニーズにお応えし、
「最適環境の創造」の実現に向けて挑戦を続けて参ります。

引き続きご指導ご鞭撻のほど、
何卒よろしくお願い申し上げます。

ご挨拶 ご挨拶

50年の歩みとこれから

1977

創業

大手建機メーカー出身の西村章(現会長)ら
有志3名が独立して
1977年に流機エンジニアリングを設立しました。

売って終わりではなく、設計、施工、
その後のサポートまで責任を持って寄り添いたい。
そんな『一気通貫』のサービスで
お客様の期待を超えるべく、
この会社を立ち上げました。

航空・宇宙
原子力関連
トンネル工事
環境対策工事
プラント・工場
水処理
航空・宇宙
原子力関連
トンネル工事
環境対策工事
プラント・工場
水処理
1978

JAXA音響試験装置

流機の原点

1980
〜

航空宇宙分野で培った技術を基盤に、
自社オリジナル製品の開発に着手しました。
当時問題となっていた粉じんによる
健康被害(じん肺)の解決を目指し、
トンネル工事用の作業環境改善装置の
開発・販売を開始しました。

航空・宇宙
原子力関連
トンネル工事
環境対策工事
プラント・工場
水処理
1985

REピューラー

REピューラー

トンネル車両、排ガス浄化設備。延べ400台販売。

1989

HFシリーズ

HFシリーズ

集煙機・シールドマシン解体。初代型番はRE-10HF

1990
〜

顧客の困りごとを解決する
提案型メーカーへの転換を掲げ、「第二の創業」を宣言 。
大型集塵機「Pシリーズ」を核とした、
製品を売るのではなく貸し出す
独自の「メーカーレンタル」モデルを確立しました。

航空・宇宙
原子力関連
トンネル工事
環境対策工事
プラント・工場
水処理
1993

原子炉ハードカバー
自動ラック

原子炉ハードカバー自動ラック
1995

Pシリーズ

Pシリーズ
トンネル工事用大型集塵機

製品を売るのではなく貸し出すレンタル事業を確立。

1995

エアロ★MAXシリーズ

エアロ★MAXシリーズ
トンネル送風機
1996

衛星保護カバー(改修)

1998

TDシリーズ

TDシリーズ
TBM用集塵機

初代型番はTD-150P。

2000
〜

厚生労働省の
「粉じん対策に関するガイドライン」策定に参画し、
業界全体の安全衛生水準の向上に大きく寄与しました。
新たな環境規制を先取りした
革新的なソリューションを提供し、
建設から環境修復分野へと
事業領域をさらに拡大させました 。

航空・宇宙
原子力関連
トンネル工事
環境対策工事
プラント・工場
水処理
2002

ドラム缶自動切断装置

2002

トンネルクーラー

トンネルクーラー

初代型番はTC-90。

2003

CF/CPHシリーズ

CF/CPHシリーズ

トンネル用からフィルターを高度化。
初代型番はPCH-100。

2005

活性炭吸着塔

活性炭吸着塔

焼却炉解体時に活躍。

2009

Iシリーズ

Iシリーズ
産業向け集塵機

完全オーダーメイド。

2010
〜

東日本大震災および福島第一原発事故への対応として、
被災地のがれき処理向け換気装置を緊急開発し、放射性物質に関する技術実証事業にも参画しました。
これらの取り組みは、水処理など新たな領域への技術展開の契機となりました。

航空・宇宙
原子力関連
トンネル工事
環境対策工事
プラント・工場
水処理
2012

イプシロンロケット
フェアリング組立治具

2013

QDPシリーズ

QDPシリーズ
吸引ダクトシステム用集塵機

初代型番はRE-2400QDP。

2014

ECOクリーン

ECOクリーン
水処理装置

工場排水循環利用。

2015

脱乾

CF/脱乾

2020
〜

こうした取り組みを通じて、環境ソリューションメーカーとしての社会的使命がより明確となりました。

コア技術「フィルターイノベーション」を基盤に、PFASなどの先端課題にも取り組んでいます。

さらに、研究開発拠点「Ryuki_Lab」を新設するなど、次の50年に向けた基盤づくりが進んでいます。

航空・宇宙
原子力関連
トンネル工事
環境対策工事
プラント・工場
水処理
2020

BH-100

BH-100
集じん・排気
2020

Oミクロン

Oミクロン
2022

FP法

2021

ECOクリーンLFP

CF/ECOクリーンLFP
PFAS浄化に成功

未来
〜

「最適環境の創造」というパーパスに基づき、
さらなる飛躍へ…!

航空・宇宙
原子力関連
トンネル工事
環境対策工事
プラント・工場
水処理
未来

TUNNEL EYE
(トンネルアイ)
集塵システム

銭高組のトンネル工事。IoTシステムに技術協力。集塵機・送風機・吸引ダクト・ガス検知設備など、換気設備の自動制御分野で参画。

未来

CO2固定化

空気中のCO₂を固定化・回収する技術の開発に着手。多様な材料やアプローチを検討し、カーボンニュートラルに貢献します。

未来

トンネルリニューアル
工事向け集塵システム

鴻池組のReライニング工法や飛島建設のリニューアル工事に対応し、専用の集塵機・換気設備を開発。
新設トンネルに加え、既設トンネルの更新・延命を支えるリニューアル工事分野へ展開しました。

1440

宇宙から、空気、水、地下まで「最適」の定義を拡張する

50年前、インフラ整備の現場から聞こえた「困った」の声が、私たちを育ててくれました。
時代が変わり、求められる技術が変わっても、
私たちの姿勢は変わりません。
それは、誰もやりたがらない難題にこそ、
解決の種があると信じること。
「なんとかする力」で、不可能を可能に。

これからもトンネルの中だけでなく、
工場、プラント、そして宇宙へ。
あらゆるフィールドでのお客様の「できたらいいな」を、
独自のフィルターイノベーションで実現します。

流機5大ニュース

1

1995 大型集塵機「Pシリーズ」誕生とメーカーレンタルの確立

トンネル工事用に特化し、高い集塵能力と払い落し技術を備えた大型集塵機「Pシリーズ」を開発しました。さらに、技術を確実に機能させるため、あえて「売らない」という業界初のメーカーレンタルのビジネスモデルを確立。現場でのメンテナンスやトラブル対応まで含め、顧客の状況や課題に応じた一貫したサービスを提供しました。

これを機に、「技術で顧客課題を解決する」精神が根づき、全組織に「開発提案型」「なんとかする力」を重視する企業風土が形成されました。

社員の声

当時社長から新しい事業方針を聞いたとき、「売らない…?レンタル…?」と強い衝撃を受けたのを思い出します。しかし、現場で「なんとかしてほしい」と困っていたお客様と接する中で、このモデルこそが課題解決に直結すると確信しました 。今では当たり前となった「技術営業」の原点は、間違いなくこの時に築かれたものだったと思います。

2

1980 「メーカーVS商社」自社製品開発への転換

代理店販売から脱却し、「環境ソリューションメーカー」としての産声を上げた転換期です。
当時は、東京と大阪で異なる事業思想が共存していました。東京はエンジニアリング主体、大阪は商社志向。メーカーと商社という相反する考え方が同じ会社の中に存在し、技術者の育成や組織の方向性に課題を抱えていました。

その後、当時の社長の退任を機に「第二の創業」と位置づけ、大阪営業所を閉鎖。メーカー・エンジニアリング志向へと一本化しました。これにより会社の方向性が明確となり、社員のモチベーションも大きく変化。現在の開発提案型企業への基盤が築かれました。

社員の声

当初は他社製品を売る商社のような動きでしたが、現場の切実な「粉じん」の悩みを聞くうちに、自分たちで作らなければ解決できないと痛感しました。初めて自社ブランドの集塵機を市場に出した時の、あの手応えと誇らしさは今でも忘れられません。

3

2011 震災復興と国難への技術貢献

東日本大震災と福島第一原発事故という未曾有の複合災害に対し、当社は復旧支援と放射性物質対策に即応しました。換気装置の緊急開発や粉じん捕集技術による放射能汚染低減に加え、放射性物質を含む濁水への水処理技術の現場実証にも取り組みました。

当社技術は被災土壌を扱う中間貯蔵プロジェクトへと展開し、設備は標準技術として累計200台以上が導入されるなど、震災復興と環境再生に貢献しました。また、これらの取り組みは、現在の水処理ソリューションの原点のひとつとなっています。

社員の声

震災直後、「自分たちの技術を今使わずしていつ使うのか」という強い使命感が社内に溢れていました。被災地の過酷な現場で、私たちの装置が作業員の方々の健康を守っているのを見た時、この仕事の社会的意義を改めて噛みしめました。

4

1989 生産・技術開発拠点の拡張と体制強化

1989年から1993年にかけて、千葉県市原市に市原工場・市原第二工場を相次いで新設し、本格的な生産体制を確立しました。1998年には茨城県筑西市に「つくばリースセンター(現つくばテクノセンター)」を開設し、技術開発や装置整備、組立試験を担う拠点として機能を拡充しました。

つくばテクノセンターはその後2度の拡張を経て、水ソリューションや海外向け環境ソリューションなど新規事業の拡大を支える拠点へと成長。さらに2025年には市原拠点を「Ryuki_Lab.」として刷新し、PFAS処理やCO₂削減など新たな環境課題に対応する研究開発拠点として始動しました。

生産拠点から技術開発拠点、そして研究開発拠点へ。当社の成長は、技術開発力の強化とともに歩んできました。

社員の声

小さな工場から始まり、つくばテクノセンター、そしてRyuki_Lab.へと拠点が拡大していくのを見てきました。設備が増えるたびに会社の未来が広がっていくようで、次はどんな挑戦ができるのか、今もワクワクしています。

5

2020 グローバルニッチトップ企業100選

流体・環境制御技術を強みとする環境ソリューションメーカーとして、当社の「トンネル集塵機Pシリーズ」が評価され、経済産業省主催の「グローバルニッチトップ企業100選」に選出されました。

本製品は、大断面トンネル工事において大量の粉じんを捕集し、坑内の作業環境を改善する集塵装置です。独自のフィルタ技術により、「目詰まりしない」「高清浄度」「コンパクト」を両立。国内では20年以上にわたり70~80%のトップシェアを維持し、海外でも多数の現場で採用されています。

さらに、機器を自社保有し必要なときに提供する「メーカーレンタル」、設計からメンテナンスまで対応するワンストップサービスなど、独自のビジネスモデルも高く評価されました。

社員の声

宇宙や原子力といった最先端の現場に携われているのはエンジニア冥利に尽きます。国からニッチトップとして認められたことは、長年地道に技術を磨いてきた私たち全員にとって、最高の勲章となりました。

50年の歴史の裏で起きていた、
ゆる~い事件簿

01 ドブ水でも、「仕事だから」

ドブ水でも、「仕事だから」

まだ社員が30人くらいの時のエピソード。 現場は横須賀市の街中。工事で発生する粉じんを街中に排気できないため、集塵機を使用していただいていました。ある日、不具合の連絡が入り、入社したての新入社員と二人で現場へ向かいました。作業は危険を伴うため、新入社員には見学するように伝えました。 場所は坂道の途中に掘られた立坑の中。雨が降っていたので大量の水が作業場所に流れて込んできました。作業していると新入社員から「すごいですね、流れてくる水を浴びながら作業するんですね」と。「仕事だし、修理しないとお客様が困るから、雨水くらいは我慢しないと」と強がって修理をしました。 修理が終わり車の中で、新入社員から「ドブの水を浴びながら仕事するなんて私にはできないですね」と。心の中で「エ~普通の雨水じゃなくてドブからあふれた水だったの?先に言ってくれよ・・・わかってたら雨がやんでから修理したのに」と後悔。 そして新入社員に返答しました。「仕事だから」(泣)

02 オバケが出そうな
テクノセンター

オバケが出そうなテクノセンター

つくばテクノセンター立ち上げ当初、当時の管理部長から「良い土地があったから、ここでやるぞ」と言われ、立ち上げメンバーで現地を見に行きました。 「オバケが出そう……」 林の中で暗く、ハエが飛び交い、草はボーボー。本当にここで? そこから毎週、みんなで草刈りが始まりました。山芋が出てきたり、クワガタやカブトムシがいたり、まるで開拓民。 どぶ掃除をしていると、周辺住民から「何してるんだ?」と叱られることも… 「ここで大丈夫なのか…」と不安になっていると、当時の社長が一言。「ここらへんを全部、流機のブルーの装置で埋め尽くす」と。 当時は半信半疑でしたが、今では技術開発の拠点として、多くの装置が並んでいます。今ではちょっと信じられません。

03 新人、4日目にやらかす

新人、4日目にやらかす

そう、あれはまだ入社4日目。私はまだ、「お茶出し」という大役にすら慣れていなかった。 執務室は5階、応接室は4階。少しでも気が利く新人でありたくて、慣れないヒールのまま階段を駆け降りた。 ——そして、踏み外した。 気づいたときには、前を歩いていた先輩社員の方を巻き込み、盛大に転倒。 (やってしまった…!!!) 結果、膝は7針。人生初の縫い治療。 さらに当時の会長が、ものすごい勢いで病院へ連れて行ってくれた。 入社4日目にして、
会社にしっかり名前を覚えていただいた瞬間である。 ——あれから約20年。 今では「自分の安全は自分で守る」「無知は危険」という意識が根づき、毎年全社で安全大会も開かれている。 あの日の私は、“ちゃんとやらなきゃ”という気持ちだけで動いていて、自分の足元は、まったく見えていなかった。 本社の事務職であっても、危険は、ちゃんと足元にある。どうかご安全に。 【教訓】新人はまず、走らない。

04 気づくと減っている

気づくと減っている

当社には、不思議な現象がある。——気づくと、何かが少しずつ減っている。 あれは、今よりもう少しおおらかだった頃の話。 戴き物の貴重なお酒が、なぜか“少しだけ”減っていたり。お歳暮で届いたビールが、毎日ほんの少しずつ姿を消していたり。 誰が、とは言わない。
ただ、確実に減っていく。 そして忘年会旅行の夜。 一次会が終わると、なぜか管理部が“気合い”十分で二次会に姿を現す。そしてその“気合い”はお会計の際に、本領を発揮するのだ。 その本気度は、もはや業務レベル。もしかすると、一次会以上に力が入っていたのではないか——そんな気配すらある。 ——時代は変わり。 今ではコンプライアンスも整い、お酒との付き合い方も、きっとずっと健全になった(はず)。 でもあの頃の、少しだけ余白のある空気が、人と人との距離を近づけていたのも、事実かもしれない。 【教訓】減っているときは、だいたい理由がある。

05 本社、三田オフィスの
地味ストレス

本社、三田オフィスの地味ストレス

まず三田三丁目の交差点。信号が長い。ギリギリに会社を出て、目の前で電車を見送ること数知れず。 そして、ビルのエレベーター。1台しかありません。お客様をお見送りするまで、ちょっと気まずい。 さらに、三田のランチ事情。最近、価格が上昇中。おにぎり350円。クロワッサン400円。さらに、高齢店主で突然のお休み。 そして今日も、ランチ難民。 …それでも、なんだかんだで居心地のいい街、三田です。

06 奇跡は、だいたい
望まない形で起きる

奇跡は、だいたい望まない形で起きる

あれは宮崎へ出張に出かけたときのこと 今回は工具も少なくて済みそうだな、と
いつもは専用の工具箱に入れる道具を、その日はスーツケースに直接入れて持っていった。 「シノ」という工具をご存じだろうか。
細くて硬くて、先端が鋭い、なかなか主張の強い存在である。 そして、もう一つ。同じスーツケースの中には、ペットボトルのコーヒー。 ——この組み合わせが、すべての始まりだった。 現地に着き、スーツケースを開ける。 ペットボトルが、空だった。 (……?) よく見ると、シノが、ペットボトルの蓋に、ほぼ垂直に刺さっていた。 そんなこと、あるだろうか。 偶然というにはあまりに見事で、もはや一種の“作品”のようですらあった。 ——結果。青い作業服は、見事にコーヒー色へと染まり、翌日の現場では、ほんのり香ばしい香りをまとって作業することとなった。 なお、集中力には特に影響はなかった(たぶん)。 【教訓】相性の悪い組み合わせは、たまに奇跡を起こす。

流機メンバーの想い

敦篤虚静 技術力を高めて世のためになれる存在になりたい 守る経理から伴走する経理へ変える この人〇〇の人 水濾過事業の自立。ベトナムに音響試験設備を作る。 夢を語れ「なんとかする力」で挑戦 流機DNAは進化する。 「Ryuki」を世界に知らしめる!! 現役中に必ずリニアに乗る!! 日本の流機から世界の流機へ! 世界へ進出 健康第一 やりがいのある仕事をする!! ライン製品の共通化設定 社員全員が「この会社で働けてよかった」と心から思える環境を実現する みんなでウクライナへ行きたい 技術追求
敦篤虚静 技術力を高めて世のためになれる存在になりたい 守る経理から伴走する経理へ変える この人〇〇の人 水濾過事業の自立。ベトナムに音響試験設備を作る。 夢を語れ「なんとかする力」で挑戦 流機DNAは進化する。 「Ryuki」を世界に知らしめる!! 現役中に必ずリニアに乗る!! 日本の流機から世界の流機へ! 世界へ進出 健康第一 やりがいのある仕事をする!! ライン製品の共通化設定 社員全員が「この会社で働けてよかった」と心から思える環境を実現する みんなでウクライナへ行きたい 技術追求