「カー」とは沖縄の言葉で井戸または湧水を指す。また、共同井戸を村(ムラ)ガーと呼び、湧き水を樋(とい)から受けてくむ井戸を「樋川(ヒージャー)」という。
12月初め、沖縄南部の琉球石灰岩と湧水の巡検に参加する機会を得た。沖縄には湧水が多い。環境省の資料によると湧水の箇所数は1200を超えている。なぜ沖縄には湧水が多いか? その理由は琉球石灰岩とその下位の島尻層泥岩にある。琉球石灰岩とは西南諸島に広く分布する石灰岩の地層(約160万年前から40万年前、地質の時代区分では更新世の地層)である。沖縄県においては土地の30%を占めている。最大の厚さは150mにもなる。サンゴ礁の働きで形成された比較的新しい時代の石灰岩で、圧密作用をほとんど受けていないことから堆積当時の構造を残したまま多くの気孔を含んでおり、大量の地下水を浸透させる性質がある。一方、島尻層泥岩は水を通しにくい地層である。琉球石灰岩と島尻層泥岩との境界付近には地下水の通り道ができ、琉球石灰岩と島尻層泥岩の境界が露出する斜面に多くの湧水が見られる。沖縄島や宮古島ではこの性質を利用して地下ダムが建設されている。大きな河川が無い沖縄にとって地下水は本土以上に貴重な資源のはずである。
巡検資料には地質の情報が丁寧に記載されていた。琉球石灰岩は私が学生の頃に読んだ指導教官の学位論文テーマであったことから、初めて観る琉球石灰岩の露頭に少々心躍った。ちょっとした大人のワクワクである。丁寧な資料に嬉しくなり案内の先生(琉球大学の先生)に問いかけつづけると、なんと、私と指導教官が同じ同門であった。説明文の文体が心地好いはずである。
最初の巡検地点はガンガラーの谷である。ガンガラーの谷は、数十万年前の鍾乳洞が崩れてできた太古の谷。主な地質は琉球石灰岩で、谷の河床に島尻層泥岩が現れていそうである。現在は自然豊かな亜熱帯の森となっている。その森中には、かつて鍾乳洞を作った河川が流れ、鍾乳洞跡にそびえ立つ高さ20mの大主(ウフシュ)ガジュマルや、子宝を願う信仰の場所であるイキガ洞・イナグ洞がある。また、2万年前の人類「港川人」※1の居住区の可能性から発掘調査が継続されている。これまでに世界最古となる約2万3千年前の貝から創られた釣り針が発見されている。また、約8千年前の爪形文土器片、約4千年前の火を焚いた炉の跡、さらに石の棺に入った人骨が発見されている。居住場所となる洞窟、安全な水・湧水、豊かな森の中の広場、台風の風雨をしのぐことができる谷地形。古代人が居住区に選んだ理由を私は探した。
資料によると、沖縄の村落には「村ガー」と呼ばれる湧水や井戸がある。村ガーはたいてい村に2、3カ所あって、長い間沖縄の人々の生活を支える重要な水源となってきた。これら湧水の多くは、そこの人間が住みつき、人々の生活が始まった「村落の発生」と強い関係がある。琉球の先史時代(縄文時代から奈良、平安時代に相当)、琉球列島では採貝や狩漁の生活を続けていたとみられている。この時代、人々は湧水を求めて移動し、泉が見つかるとその近くに移住したと考えられている。琉球王国時代の集落は井戸を中心に形成されていた。「カー」はとても神聖な場所で、今もなお信仰の対象として沖縄各地に残されているという。「カー」は本土の人が想う以上に沖縄の宝物といえる。
ところが、この沖縄の湧水で、近年PFAS※2による地下水汚染が顕在化している。160万年の地質的歴史を経てこの地に形成され、数万年にわたる沖縄の人々の生活を支えてきた湧水。この湧水が、地質的歴史・人間の歴史の長い時間の中で、ほんの一瞬といえる今、使えない状態にされつつある。「なんとかしたい想い」である。
弊社は革新的技術である「膜ろ過式高精度水処理装置ECOクリーン」に、機能性粉体を組み合わせたLFP法(名称:ECOクリーンLFP)での浄化方法の実証試験を複数箇所で実施している。この装置開発の目的はPFAS、高濃度VOC及びTOC等による水汚染の浄化である。今回沖縄を訪れたのもこの装置の紹介のためであった。次号以降、沖縄の「カー(湧水)」と地質、地質を考慮した汚染源調査(特に、琉球石灰岩と島尻層泥岩の物性の違いに注目した物理探査)や原位置浄化方法、LFP法の科学的特徴について想いをめぐらせてみたい。
※1:1970年にガンガラーの谷から約1.5km離れた、沖縄県島尻郡具志頭村港川(現在の八重瀬町字長毛)の海岸に近い石灰岩採石場(岩の割れ目らしい)で発見された約2万年前の人骨が(4体分の全身骨格、成人男性1体、成人女性3体)が、港川人と呼ばれている。
※2:PFAS(ペルフルオロアルキル物質およびポリフルオロアルキル化合物)とは、有機フッ素化合物の総称であり、代表的物質にペルフルオロオクタン酸(PFOA)とペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)がある。1940年代頃から普及していった化学物質で、2018年に経済協力開発機構(OECD)の報告書はPFASには4,730種類以上があると報告している。水や油をはじく、熱に強いなどの特徴を持った化学物質で、消火剤、コーティング剤等に幅広く用いられてきていた。このうちPFOSは、難分解性、生物蓄積性、毒性及び長距離移動性を有しており、残留性有機汚染物質(POPs)に指定され、廃絶に向けて国際的な規制がなされていた。また日本でも化学物質審査規制法の第一種特定化学物質に指定されており、2010年4月よりPFOS含有製品の製造・使用等が事実上禁止となっていた。
しかしながら、PFASは廃棄された後、分解されるまでに長い時間がかかり、自然界に残り続けることから「フォーエバー・ケミカル」とも呼ばれている。水や空気、土壌に残ったPFASが人間や動物に与える健康面での悪影響が問題となっている。
環境省は2020年5月にPFOS及びPFOAを公共用水域及び地下水における人の健康の保護に関する要監視項目に追加し、指針値(暫定)としてPFOS及びPFOAの合計値で0.00005mg/L以下(50ng/L以下)とした。また、2021年の土壌汚染対策事業の中でPFOS・PFOA等の土壌中での存在状況、PFOS・PFOA等に関する調査・対策方法の検討を行なっている。
写真1 左:ガンガラーの谷の位置 右:ケイブカフェ、巡検の入り口。洞窟を利用した天然ラウンジである。古代の貝製の釣り針が発見されたところである。貝製の針での釣り、試したい現代人はいるだろうか。
写真2 左:亜熱帯の森の中で、気根を伸ばし長い年月をかけて移動する木、歩くガジュマル。確かに、キリンが歩く姿に似ている。植物も動く。前方の川に向かい移動しているようである。中:前方の川、流れは鍾乳洞へ続く。右:大主(ウフシュ)と呼ばれているガジュマル。
写真3 左:鍾乳洞入口。側面は琉球石灰岩。河床は見たところ、島尻層泥岩かもしれない。中:イキガ洞。命の誕生・成長を願う男性の洞窟といわれている。右:洞窟を抜けると広がる亜熱帯の森。樹上の手作りテラスから、谷筋の先(写真では地平線のところ)に港川人発見場所を望む