次に向かったところは、垣花樋川(カキハナヒージャー)である。垣花樋川は沖縄県城南市玉城垣花集落の南側、琉球石灰岩のゴツゴツした斜面を降りた段丘崖の中段にある。
【垣花樋川看板】によると、「天然の美しい川や泉を保全して後生に伝えるという目的で推薦され、昭和60年に環境庁の全国名水百選に選ばれた。百選の中でも最初は全国で31件が選ばれこれに入選した。垣花樋川は集落の南側にあって、石畳の急な坂道を100メートルほど降りていくと、左側のうっそうと繁った林の中腹岩根から湧水が湧き出ている。
かつては左側上のイナグンカー(女の川)は女が使い、右側下のイキガンカー(男の川)は男が使っていた。その下流の浅い水たまりはンマミシガー(馬浴川)、全体をまとめてシチャンカー(下の川)と呼ばれ樋川から流れた水は下の田をうるおし、稲作が盛んであった。垣花村の人々はシチャンカーで水浴び、洗濯、野菜洗い、水汲みをするためカービラ(川の坂)を行き来した。石畳道の途中には女たちが一息入れたナカユクイイシ(中休み石)、イーユクイイシヌヒライサー(上休み石の平石)が残っている。現在は、簡易水道として地域の飲料水等の生活用水や農業用水として利用されている。」
垣花樋川の水質は沖縄湧水ならではの特徴がある。水質指標の一つ硬度解説1は1リットルあたり平均265〜280ミリグラム示されている。湧水の中では高い。また、水温は一年中約23℃に保たれているという。地下水の浄化設計を行うにあたって、沖縄湧水の水質情報は知っておく必要がある。
沖縄の湧水と本土の湧水の水質の特徴を調べてみた(表1参照)。沖縄の湧水には宜野湾市Oyama Hija Ga(大山樋川ガー)を選んだ。硬度は垣花樋川より高く硬度314である。他、本土の湧水と比較すると水温が著しく高い。また、ナトリウムイオン及び塩素イオンがやや高く、この理由は地下水を胚胎している地層が時代の比較的新しい浅海成琉球石灰岩であるためであろうか。
沖縄湧水の水温(表1参照)は気温の年平均値程度(表2参照)からこれ以上である。火山性温泉の無い沖縄でなぜ湧水水温が高いのであろうか? 文献2では沖縄島の湧水及び河川水は海洋性気団による夏の降水に由来していると示されている。試しに、1972年から2021年の50年間の日平均気温の月平均値(表2参照)と降水量の月合計値(表3参照)の積を降水量の合計値(表3:A)で割ってみた。この計算での温度は24.2℃(表4:C参照)となり、Oyama Hija Ga(大山樋川ガー)湧水水温に近い値となった。湧水水温が高い理由は夏の降水量の影響が大きいと推測する。沖縄の湧水水温が一年中ほぼ一定と仮定すると、降水が湧水となって湧き出てくるまでに、夏の降水と冬の降水が混合する“時間と空間”が地中にあると想像した。
解説1 硬度:(こうど 英語: (Water) Hardness)は、水に微量含まれるカルシウム (Ca) 塩やマグネシウム (Mg) 塩(あるいは同じことだがCaイオンやMgイオン)の質量をある方法で表現したもの。硬度が低い水を軟水、高い水を硬水という。硬度の水道水質基準は、硬度が高いと石けんの泡立ちが悪くなることから、300mg/L(水1リットル中に炭酸カルシウムとして300mg)以下となっている。また、水質管理目標設定項目として、おいしさの面から10〜100mg/Lが設定されている。
日本での計算式・硬度[mg/l]=(カルシウム量[mg/l]×2.5)+(マグネシウム量[mg/l]×4.1)
表1 沖縄の湧水と本土の湧水の水質比較
沖縄の湧水:宜野湾市 Oyama Hija Ga (大山樋川ガー)
Oyama Hija Gaの硬度は314であり、「非常な硬水」に分類され、水道水の基準から少し上回っている。
種別 | 水温 (℃) |
pH | Na+ mg/l |
K+ mg/l |
CL― mg/l |
Alkalinity Meq/l |
Ca2+ mg/l |
Mg2+ mg/l |
SO42- mg/l |
NO3– mg/l |
沖縄の湧水(文献1地点40 Oyama Hija Ga |
24.3 | 7.13 | 30.0 | 4.10 | 44.1 | 5.57 | 115 | 6.43 | 27.8 | 3.97 |
硬度 314 | ||||||||||
本土の湧水[平成](文献2注1 | 15.0 | 6.9 | 9.0 | 2.0 | 10.1 | ― | 15.6 | 4.7 | 14.6 | 7.8 |
硬度 58 | ||||||||||
神奈川県 平均値(文献3 | – | 7.1 | 23.9 | 2.7 | 21.1 | ― | 25.6 | 10.9 | 27.4 | 23.8 |
文献1:沖縄島の湧水と河川水の化学的特徴と同位体組成、東田他、地球化学(2001)
文献2:平成の名水百選の水質特性、藪崎他、地下水学会誌(2009)
注1:平成の名水百選、名水百選の中には沖縄の湧水も含まれているが水質は未調査で本表データに含まれていない
文献3:神奈川県の地下水の主要化学成分について、石坂他、神奈川温泉地学研究所
表2 沖縄県那覇市の日平均気温の月平均値℃
1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年の値 | |
1891年-2021年 | 16.4 | 16.5 | 18.2 | 21.0 | 23.6 | 26.4 | 28.3 | 28.1 | 27.1 | 24.5 | 21.4 | 18.2 | 22.5 |
1972年-2021年 | 16.9 | 17.2 | 18.9 | 21.4 | 24.1 | 26.9 | 28.8 | 28.6 | 27.6 | 25.2 | 22.1 | 18.6 | 23.0 |
出典:気象庁HP、ただしデータが揃わない1923、1924、1944、1945、1951年データを除く
表3 沖縄県那覇市の降水量の月合計値mm
1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年の値 | |
1891年-2021年 | 121.9 | 122.0 | 153.9 | 154.9 | 246.1 | 280.7 | 182.6 | 255.4 | 195.9 | 163.6 | 132.5 | 113.0 | 2121.5 |
1972年-2021年 | 109.2 | 119.9 | 146.8 | 170.9 | 247.6 | 272.2 | 188.7 | 249.8 | 234.7 | 167.1 | 115.4 | 103.3 | A 2123.3 |
出典:気象庁HP、ただしデータが揃わない1923、1924、1944、1945、1951年データを除く
表4 試算結果 1972年から2021年の50年間の日平均気温の月平均値と降水量の月合計値の積÷降水量の合計値=温度
1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年の値 | |
1972年-2021年 表2気温×表3降水量 |
1845.9 | 2059.0 | 2771.8 | 3649.9 | 5958.5 | 7309.9 | 5425.2 | 7141.0 | 6479.2 | 4209.2 | 2545.0 | 1926.5 | B 51321.3 |
表4:B/表3:A = 温度:C |
― | ― | ― | ― | ― | ― | ― | ― | ― | ― | ― | ― | C 24.2℃ |
写真1 左:斜面上から見て左側、最上段にある湧水。女性が使っていたイナグンカー(女の川)であろうか。中:湧水地点は森の奥にあるのであろう。見えている範囲では既に石造の樋や貯水場がある。まさに、利水施設の構造を備えたものを樋川(ヒージャー)と呼ぶのであろう。この水は斜面を下り、写真右の浅い池を形成している。この池が浅い水たまりであるンマミシガー(馬浴川)と理解した。「湧き水は、楽しい場所だということだ」・・“おきなわ湧き水紀行”著者・ぐしともこ氏の言葉である。柔らかな水音、透明度のある浅瀬、明るい陽の光があたる森の中のこの場所は、子供の頃、おにぎりを持って連れられて行った楽しかった水辺の土手を思い出させた。
写真2 左:草地の斜面から湧き出ている湧水。斜面上から見て右側下に当たることから、男が使っていたイキガンカー(男の川)であろう。右は溶存する炭酸カルシウムが晶出して成長した石筍(せきじゅん)と思われる。